道がない

渓の回想録
渓の回想録
 松尾川 第三坂瀬  1993/3/6 

たかさんと二人で第三坂瀬をめざして松尾川を上流へと車を走らせていた。

しらさぎ荘の前あたりでかなりの人が集まっていた。午前4時を過ぎた人里離れた山の中だから驚いた。

「そういえば釣具屋のおっさんがこの辺りで成魚放流あると言っていたなぁ」

「ちょっと見ていく」

橋の上から川の中を覗き込むと、これまたビックリ川の中には何人かの人がいてライトの明かりを頼りに釣りをしている。たまに釣れているから再びビックリ

「アマゴって夜釣りでも釣れるんだなぁ」  と感心していると

たかさんが人から聞いてきて
「吉野川の遊魚券があれば大丈夫らしいからちょっとやってみる」

「時間もまだ早いし ちょっとやろうか」

 
この「ちょっと」が後々命取りになるとは、このときは全く気づかない二人であった。釣りの準備をして川原に下りて他人のライトを頼りに一流し、二流しアタリが合って小さくあわせると8寸前のアマゴが釣れてきた。「簡単に釣れるじゃない」この時完全に成魚放流なるものにはまってしまい。今日の目的を忘れてしまった。

快調に釣果を上げていたが、夜が明けて人の数が増えてきて、いくら放流魚とはいえそう容易く釣れなくなってしまった頃

「ぼちぼち、第三坂瀬に行きますか」 「そうだなぁ魚もスレて来た事だし・・・・」

しらさぎ荘前を出発したのは8時近くになっていた。車を進め松尾川本流から坂瀬集落への坂道に差しかかると路面が凍結していて車がスリップして動かない。何度か押し上げようとしたが全くダメで道の広いところに避けて、歩くことにした。本流の下降地点まで約2km、30分の道のりをトボトボと歩いた。

本流への下降地点に着いたのは9時を回っていた。

100m近い下降ルート下って本流へ、本流を少し遡行すると右側に第三坂瀬の入り口がある。入り口は狭く本当にここが第三坂瀬と思うのだが入り口の薄暗い滑床状の滝を登ると渓が開けて来て明るくなる。この2km弱上に電力の取水があるが、1年前に取水から上を釣り上がった時、取水が開いていて取水から本流までは結構穴場かもしれないと思い今回の釣行となった。(最近は、取水から殆ど水を流していないく取水下は水が無い。わずかばかりの電力を起こすためにこんな素晴らしい渓を消滅させてもいいのだろうか・・・・・・・)

しばらく遡行するとヒレピンの天然アマゴが釣れた。

「やっぱり、アマゴはこういう自然の中で釣るのがいいなぁ」「本当、本当・・・・」

つい先ほどまで成魚放流に興じていたことをここで反省

電力取水手前から雪が現れ始め、滑ったり転んだりで遡行に苦労するようになった。

電力取水まで来て
「雪も出てきたしそろそろ納竿にする?」

「帰り道はわかっているし、魚も出ているから、もうちょっと釣りあがって終わりにしよう」

この「ちょっと」が曲者であった。
電力取水には、坂瀬本流と第三坂瀬の尾根を囲むようにして点検道があり、この点検道を利用すれば坂瀬集落まで1時間強、そこから今日の車止めまでは1時間弱でたどり着くことができることは、1年前に確認済みであった。

期待したほどは魚は出なかったが、そこそこの釣果がありいつもの滝下を3時前で納竿、さて、帰り道だが雪中を無理して釣りあがってきたために、渓沿いを取水まで 帰るのは危険と判断した。都合よく納竿点の30m程上に植林帯を見つけた。植林帯の中に帰りの林道を見つけるべく急な斜面を登りはじめた。

電力取水を過ぎた滝 かなりの積雪があった。
滑ったり転んだりで遡行は苦労した。
雪とジャレ合うのも楽しい・・・なんてね

納竿点から植林帯に帰り道をもとめて急斜面を登る。
積雪は20~30cm 写真中央がたかさん

植林帯に入ると林道はすぐに見つかった。「ラッキー・・・(^。^)」 電力取水の少し下に南斜面に向かって林道が上っていたから多分そこに出るハズであった。

「ハズ・・・・・」

林道は2m近い幅があり自転車でも大丈夫と思えるほど快適であったが、なかなか高度を下げてくれない。林道を見つけた地点からほぼ平行に伸びていた。

「降下地点を見逃したかもしれないなぁ」

どうやら、降下地点は雪に隠れて見えなかったようだ。地形図で確認してたぶんこの辺りが電力取水の上だろうと思ったが、強引に下降するにしても高度にして250m近くあり、斜面が急で積雪もあり危険であった。

次の提案として浮かび上がったのは、このまま平行に進めば入渓地点から南斜面に伸びている林道にぶつかる。尾根状になっているからわかるハズである。

ここでも「ハズ・・・」 

林道を快調に進むと植林が途切れて低木と草原帯となった。

あれっ、道がない!!

「あれっ道がない」
植林帯では、はっきりしていた林道が消えてしまったのである。再度地形図を確認して、尾根筋と150m下に見えるコルを求めて高度を保ちながら、頂上付近の平原を彷徨った。やがて、150m下のコルを発見、はっきりしない尾根もなんとなくここだろうと推定できた。尾根部分には、明確ではないは林道らしき跡があった。

「もうここしかない」と下降を始める。

コルに到着、しかし、この林道らしき道はこのコルへの道だったらしく下への道がなくなった。だんだんに夕暮れが迫ってくる。コルから本流までは250m近い高度がある。もう林道を再び探している場合ではなく、ひたすら本流への急斜面を谷筋であろうが尾根筋であろうが下ることしか選択肢は残っていなかった。

やっとの思いで本流にたどり着いたのは、帳が降りる寸前であった。入渓ルートの斜面を探し出し休むまもなく斜面の林道を登りはじめた。斜面は全く光が届かず、朝来た記憶だけを頼りに林道を登った。

4時間近く山の中を彷徨ったあげく車道に出たときは無事帰って来ることができた安堵感から車道に大の字に寝転んでしばらく夜空を見上げていた。まだ終わりではない。夜空には月がのぼり月明かりの中を言葉少なく重い足取りで車止めまで歩く二人であった。


 

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