渓の回想録 巨木のあった池 原種の住む渓(R439さん記) |
四国の渓流釣り |
この谷へは他の釣人も幾度か入渓して北の旧林道跡を使って撤退している、皆一様に「キツくて危険な撤退だった」と言うので、今回は南尾根を使って最初の滝群を高巻く事にした、南尾根の二又下から源流二又の造林小屋跡に続く道があることを古い地図で確認していたので、途中で分岐してH山まで続いている本道がきっとあるだろうと考えていた。 今朝、南尾根の取り付きを探すと古い地図通りに山道があったので標高で250m登って水平に道無き急斜面をトラバース、谷が見えてから50m下降、2時間のアプローチで入渓したのだった。 |
|
とても暗い谷で魚影は極端に薄く造林小屋を過ぎてからの釣りだった、この谷のアメゴは超天然の在来種だと見られる、キープなしで釣りあがり魚止めで大物が釣れた後、標高1,000mの納竿点から若い植林の斜面を四駆で這い上がった。 今から、尾根伝いに1時間半も下れば車止めまで楽勝で帰れる、時間も少し余るだろうから次ぎの谷をどうしようか?、なんて余裕であったが熊笹が深くなり、だだっ広い尾根の鞍部に着いた時にはかなり様子が違ってきた。 |
広い熊笹の鞍部には杉の大木が林立している、なかには二抱えぐらいの巨木がある、木の間隔は適度の広さがあってゆったりしているが熊笹の背丈が2mをゆうに越えているので遠望が利かない、踏み跡があちらこちらに散らばってどれが道なのか分からなくなってきた。 |
適当に尾根芯と思われる踏み跡を伝って行くと突然池が出現してかなり驚いた、結構広く円い池で直径は20m以上は十分あり、水の色は漆黒で水深もありそうだ。 「ちょっと待てよ・・・なーるほど」 |
笹は縦横無尽に傾いて絡み合っているのでなかなか真っ直ぐに歩き難い、なるだけ直線でと泳ぐというより潜って前進を続けた。 |
「ふーーーっ、これでホンマにまっこと確実に車まで帰れるで」 視界が開け遠くの山々を眺め今までの行動の軌跡を地形図でなぞってみた、何時の間にか目の痛みは消えて出血も止まっている、長い休憩のあと伐採跡の左尾根筋をゆっくりと下った。 途中、古い地図通りに源流二又方向にしっかりとした山道が続いているのを確認した、おそらく造林小屋まで続いているはずだ。 朝方トラバースにかかった所も通過した、最後は急な落ち葉の坂道を尻制動で下降、そして無事に車止めへ生還することができた。 家に帰りビールを飲みながら地形図を開いて遡行経路を確認する、池の印にチャンと穴が空いている。 「確かに巨木の森に池があった」 証拠写真はないが二人の目でしっかりと見ている、しかし不思議でならない、いくら広い尾根だとしても大きな池が尾根筋に存在していいものだろうか?そんな話し聞いたことがない、今度行ったら池なんか無かったりして・・・。 色々と疑問が湧いてくる。 ・なぜあの広い鞍部だけ営林署が伐採を避けたのだろうか? ・そしてそこへ行くハッキリとした道がないのはなぜだろう? それになんだか巨木の森を避けるように道があるのはなぜだろう? ・周囲の植林は良く手入れされているがあの巨木の森はなんだか手付かずって感じが するのはなぜ? ・池の水が漆黒なのは何に原因があるのだろうか? ・山は四国百名山に選ばれるほどの山なのに、 この尾根筋に登山道めいた道が無いのはおかしい? ・原種のアメゴが残っているのは何が支配的な要因なんだろうか? もうあの渓へ入ることは無いのだが、気になってしかたないので営林署にいろいろ聞いてみようと思う・・・。しかし、答えはだいたい想像がついているんだけどな・・・、もし想像どおりだったらとってもおとろしい話しになるので、やっぱり聞くのはやめにしよう。 |
二度と行きたくない渓 | ||||||
97/03/01 安田川支流 長滝川 | ||||||
退渓の距離と時間を読み違えた。 陽が沈んでいく中、休憩も取らずに歩き続けるのは苦しい |
最悪のエスケープルート | ||||||
98/02/01 W渓 | ||||||
渓通しで帰るか、別ルートを取るか このときの判断は間違っていなかったと思う |
妖精の棲む渓 | ||||||
98/09/23 秘渓A沢 | ||||||
渓朱点が多い綺麗なアマゴが棲む渓だった 今思えば、卵放流のアマゴではないかと思うが果たしてどうなのか? |
行く度に何かが起こる渓谷 | ||||||
2000年〜2007年 高知の谷(R439さん記) | ||||||
源流部へは町の中心部から川沿いに1時間30分ほど車で遡って行かなくてはならない、最後に渓流が2つに分かれて斜度を増し、源流部は支流が多い渓谷へと変貌する・・・・ |
照明の無い峠のトンネル | ||||||
91/03/17 吉野川支流(R439さん記) | ||||||
前日の囲炉裏宴会の疲れで出遅れてしまい車1台で県境を越えてS川支流へ入ったのが午前9:30だった。 釣行計画は、二又から左支流を私が1人で釣り上がり、トンネル下の渕・・・・ |